
故ロナルド・ゲーゲンフルトナーに別れを告げるため、新旧の友人、支援者など多くの方々が、9月18日、ドイツ国際平和村の施設内にあるホールに集まりました。
現在、ドイツ国際平和村の指揮を引受けているトーマス・ヤコブスが、まずスピーチをしました。
世界中のたくさんの国の子どもたちのために38年間、ドイツ国際平和村で活動し続けたロナルド・ゲーゲンフルトナーとの思い出深い時期を回想し、次のように語りました。
「現在のドイツ国際平和村は、ゲーゲンフルトナーのビジョンと夢から成り立ちました。私たちドイツ国際平和村スタッフは彼のライフワークに感謝しています。今後のジェネレーションも彼に感謝するでしょう。ドイツ国際平和村から今まで同様今後もロナルド・ゲーゲンフルトナーという名前が消えることはありません。」
次は、ドイツ国際平和村初期からジャーナリストとして関わっている、トルステン・シャーンホルスト氏による、個人的な思い出の詰まったスピーチでした。
「彼の口が閉じているときは、彼の目が語っていました。時々笑っている目は悪賢そうに見え、また笑っている目だけれど多くの場合、真剣で何かを心配しているように見える目。けれども、いつも感じのよい目でした」と、ゲーゲンフルトナーとの出会いを語りました。
オーバーハウゼン市長、クラウス・ヴェーリング氏は、特にゲーゲンフルトナーのあきらめることのない「平和な世界」へ向けた活動を讃えました。
「ロナルド・ゲーゲンフルトナーは、世界中にありすぎるほどの紛争に反対し急進的でした。ロナルド・ゲーゲンフルトナーは、この紛争まみれの地球で平和の確信者でした。彼は自分に与えた明確な役割と、世界へ向けたメッセージとともに活躍する平和活動者でした。彼の信条はこうでした。『私個人で紛争を止めることができなくても、支援を得ることができない人々を助けたい』」
ディンスラーケン市とディンスラーケン市民を代表して、副市長であるマーガレット・フンパート氏がゲーゲンフルトナーの業績に感謝の意を述べました。
「ロナルド・ゲーゲンフルトナーと彼の活動は、ディンスラーケン市の歴史の一部として残り、多くのディンスラーケン市民のそれぞれの生涯の一部分を占めるでしょう。彼との思い出は、私たちを駆り立て活気付けます。平和を構築し人間らしく生きること、それはそれぞれ個人が毎日できることです。それぞれの隣人関係と世界の中で。」
ドイツ国際平和村基金理事会の議長である、ブルクハード・ドッレッシャーは理事会委員とスタッフを代表してスピーチをしました。
彼は特に、ゲーゲンフルトナーによる、世界にまたがる支援と友好のネットワーク構築とその発展に関して彼の功績を強調しました。
「この友情は、支援をともに行う中で、奥深いところでのつながりから生まれ、そこに根付き、広がり、人々の間に成長しました。」
また、
「ロナルド・ゲーゲンフルトナーはこのアイディアの立役者で、同時にその実行を実務的に監督する管理人でした。国際的なネットワークの進展、紛争地域からと紛争地域への移動を組織的に行うという巨大な任務、複雑なドイツの医療システムの中で協力者を見つけること、これらは約40年にわたりロナルド・ゲーゲンフルトナーの世界でした。彼に感嘆しています。折をみて支援ができたことに、私は感謝しています。」
告別式のはじめと終わりには、ブルース・スプリングスティーンズの「The River」と「Thunder Road」が流されました。
この2曲はロナルド・ゲーゲンフルトナーのお気に入りで、彼の個人的な思い出とつながっています。
スピーチとスピーチの間には、ドイツ国際平和村のイベント時に既に何度も出演している、デュッセルドルフ日本人女声合唱団が歌いました。
ドイツ国際平和村の子どもたちもゲーゲンフルトナーに最後の挨拶をし、式の最後に、平和の象徴である白い鳩をプリントした風船を空に向けて飛ばしました。