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テレビ放送 2010年08月24日

ドイツ国際平和村の活動がテレビで放映されます(8月27日)

ドイツ国際平和村の活動がテレビ放映されることになりましたので、お知らせします。

「世界ウルルン滞在記特別編 戦場で傷ついた子供たち 〜ドイツ平和村の10年〜」
MBS(関西ローカル)にて放映予定。

世界各地で続く紛争や内戦で傷ついた子供たちを受け入れ、日常生活が送れるようになるまでのリハビリを行い母国に帰す活動を行っているドイツ国際平和村。女優・東ちづるは平和村を、「世界ウルルン滞在記」のリポーターとして訪れて以来、仕事の枠を超え、10年にわたって平和村を支援し続けてきた。番組では、10年におよぶ平和村の記録映像を再編集、平和村の活動や子供たちの成長を追い、改めて平和の意味を考える。(MBS番組表より)

放映日
8月27日(金) 午前9時55分〜10時50分
MBS放送(関西ローカル)

平和村の映像を是非ご覧ください。

最新ニュース 2010年08月16日

第61回アフガニスタンとその周辺国への援助飛行が始まります。

100人以上の子どもたちが治療のため、ドイツへやってきます。

ドイツ国際平和村では、支援を必要としている子どもたちがドイツへやってきて、治療を終えた子どもたちが母国へ帰国するという援助飛行を長年続けてきました。
アフガニスタンへの援助は今回で61回目になります。
18日(水)には、合計100人以上となる子どもたちがアフガニスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、グルジア、そしてアルメニアからチャーター機でドイツへやって来ます。この子どもたちは早急な治療を必要としていますが、その治療を母国で受けることはできません。
子どもたちは家族と離れ、数週間もしくは数ヶ月を治療のためドイツで過ごします。
治療が終われば、彼らには明るい未来が待っています。

そして、数ヶ月前に来独し治療とリハビリを受けていた約90人の子どもたちは、今まさに帰国のときを待っています。
子どもたちは、この週末に家族の待つ母国へ帰国する予定です。
先週、ドイツ国際平和村では、帰国パーティがありました。
今回帰国する予定の子どもたちは、ドイツ国際平和村で出会った子どもたちとスタッフとともに帰国パーティを楽しみました。

第60回目のアフガニスタン援助飛行は、ヒンドゥークシュ山脈の人々を困らせる雪の時期に行なわれました。
現在はその雪が雪解け水となり、この地域に洪水被害をもたらしています。
そのため、今回カブール市内で行なっている援助飛行の準備も大変困難なものでした。
ドイツ国際平和村現地パートナー団体である赤月社の敷地内も洪水被害を受けましたが、そのような状況にもかかわらず、たくさんの家族が病気やけがを負った子どもたちを連れ面会のためにやってきました。
家族は子どもたちがドイツでの治療を受けられることを願っています。

週末に母国へ帰国する子どもたちのパーティの様子

最新ニュース 2010年02月10日

第60回アフガニスタン援助飛行:緊急支援は今も必要とされています。状況は22年前から変わっていません。

1988年12月に何が起こったでしょう?雪が降りました(比較的暖かい12月でした)。
スポーツ界では何があったでしょう?(デービスカップの決勝でドイツが勝ちました)
その他には?(アルメニアでは地震により2万5千人の人が亡くなりました)

ドイツ国際平和村のスタッフは、1988年12月の出来事を鮮明に覚えています。
なぜなら、アフガニスタンへの第1回目の援助を実行したからです。
その後、現在まで59回の援助が続いています。
ドイツ国際平和村代表ヤコブスは、当時のことを次のように回想しています。
「1988年12月24日、ちょうど午後6時にアフガニスタンの子どもたちを乗せたチャーター機はケルンの大聖堂の真上を飛んでいました。」
写真家ヴァイラウホ氏も覚えています。
当時彼は初めて飛行場に立っていました。
「チャーター機はお昼12時に到着予定でした。私の家族はクリスマスイブの16時にいつも礼拝にいきます。その日は念のため他の要件は先に済ませておきました。」
彼は他のスタッフとともにその日空港で待機していました。
数時間の遅れがありました。
「クリスマスの予定を変更することはめったにしませんが、この日のことを一度も後悔したことはありません。それ以来、援助に何度も参加しています。」
礼拝には行けませんでしたが、彼は深い感銘を家に持ち帰りました。
「アフガニスタンから来た子どもたちを見て衝撃が走りました。不安でいっぱいの見開かれた目を私は一度も忘れたことがありません。」
何が起こっているかよくわからない状況でたくさんの知らない人々による知らない世界に対する不安を、60回目の援助飛行でもドイツ国際平和村のスタッフは子どもたちから取り除くことはできません。
たとえ、出発前現地で、ドイツで治療がなされること、優しい人々がいることを聞かされていてもです。

アフガニスタンでの生活はこの22年間よくなっていません。
第1回目の援助の際、ドイツ国際平和村のスタッフは、現地の食品や家賃の高騰について報告しましたが今も変わりはありません。
現地スタッフによると、アフガニスタンの一般家庭の1ヶ月あたりの所得は約60アメリカドルですが、約10人家族が質素な食生活をしたとしても約150アメリカドルはかかります。

ドイツ国際平和村のスタッフがさらに気にかけているのは、貧富の差がさらに広がっていることです。
「カブール市内にある一定の区域では、外壁の中に豪華な建物が建っていますが、そこから3本ほど道を奥に入れば、ひどい貧困が人々を襲っています。」
これは22年前から変わっていません。

1988年12月29日、ムジャヒディーンはパキスタン・ペシャワールで起こったデモの最中に、当時の大統領モハマド・ナジブラをかたどった人形を焼きました。
これは、ドイツ国際平和村がはじめてアフガニスタンの子どもたちを治療のためドイツへ受け入れた数日後のことです。
それ以来、アフガニスタン国内は変化し、権力掌握者が次々に変わっています。
そのような中でも、ドイツ・アフガニスタン間の国交関係は良好といえると、現地入りしたドイツ国際平和村のスタッフが伝えています。

しかしながら、今回確実に言えることは、面会のためにアフガニスタン南部から来る家族がかなり少ないことです。
背景にあるのは、道中の治安悪化やカブールへ入る前のパシュトゥーン人によるチェックだろうと、現地パートナー団体赤月社のスタッフが言っています。
「南部がタリバン支持しているからという理由で、チェックを受けたにも関わらず結局通行許可がでないことを人々が心配しています。」

アフガニスタンの政権が変わろうとも、援助活動初期からドイツ国際平和村の考えは変わっていません。
その考えとは、子どもたちはドイツでの治療が終われば家族の元へ帰るということです。
それは22年間変わっていませんし、これからも変わりません。

赤月社のオフィスにて。母親が娘を連れてきました。
母親と娘

59回目の援助飛行の際同様、2月19日もフランクフルト空港には多数のスタッフ、ボランティアが子どもたちを待っています。
第60回アフガニスタン援助飛行

最新ニュース 2009年09月21日

ロナルド・ゲーゲンフルトナーの告別式

Trauerfeier_Gaeste

故ロナルド・ゲーゲンフルトナーに別れを告げるため、新旧の友人、支援者など多くの方々が、9月18日、ドイツ国際平和村の施設内にあるホールに集まりました。

現在、ドイツ国際平和村の指揮を引受けているトーマス・ヤコブスが、まずスピーチをしました。
世界中のたくさんの国の子どもたちのために38年間、ドイツ国際平和村で活動し続けたロナルド・ゲーゲンフルトナーとの思い出深い時期を回想し、次のように語りました。
「現在のドイツ国際平和村は、ゲーゲンフルトナーのビジョンと夢から成り立ちました。私たちドイツ国際平和村スタッフは彼のライフワークに感謝しています。今後のジェネレーションも彼に感謝するでしょう。ドイツ国際平和村から今まで同様今後もロナルド・ゲーゲンフルトナーという名前が消えることはありません。」

次は、ドイツ国際平和村初期からジャーナリストとして関わっている、トルステン・シャーンホルスト氏による、個人的な思い出の詰まったスピーチでした。
「彼の口が閉じているときは、彼の目が語っていました。時々笑っている目は悪賢そうに見え、また笑っている目だけれど多くの場合、真剣で何かを心配しているように見える目。けれども、いつも感じのよい目でした」と、ゲーゲンフルトナーとの出会いを語りました。

オーバーハウゼン市長、クラウス・ヴェーリング氏は、特にゲーゲンフルトナーのあきらめることのない「平和な世界」へ向けた活動を讃えました。
「ロナルド・ゲーゲンフルトナーは、世界中にありすぎるほどの紛争に反対し急進的でした。ロナルド・ゲーゲンフルトナーは、この紛争まみれの地球で平和の確信者でした。彼は自分に与えた明確な役割と、世界へ向けたメッセージとともに活躍する平和活動者でした。彼の信条はこうでした。『私個人で紛争を止めることができなくても、支援を得ることができない人々を助けたい』」

ディンスラーケン市とディンスラーケン市民を代表して、副市長であるマーガレット・フンパート氏がゲーゲンフルトナーの業績に感謝の意を述べました。
「ロナルド・ゲーゲンフルトナーと彼の活動は、ディンスラーケン市の歴史の一部として残り、多くのディンスラーケン市民のそれぞれの生涯の一部分を占めるでしょう。彼との思い出は、私たちを駆り立て活気付けます。平和を構築し人間らしく生きること、それはそれぞれ個人が毎日できることです。それぞれの隣人関係と世界の中で。」

ドイツ国際平和村基金理事会の議長である、ブルクハード・ドッレッシャーは理事会委員とスタッフを代表してスピーチをしました。
彼は特に、ゲーゲンフルトナーによる、世界にまたがる支援と友好のネットワーク構築とその発展に関して彼の功績を強調しました。
「この友情は、支援をともに行う中で、奥深いところでのつながりから生まれ、そこに根付き、広がり、人々の間に成長しました。」
 また、
「ロナルド・ゲーゲンフルトナーはこのアイディアの立役者で、同時にその実行を実務的に監督する管理人でした。国際的なネットワークの進展、紛争地域からと紛争地域への移動を組織的に行うという巨大な任務、複雑なドイツの医療システムの中で協力者を見つけること、これらは約40年にわたりロナルド・ゲーゲンフルトナーの世界でした。彼に感嘆しています。折をみて支援ができたことに、私は感謝しています。」

告別式のはじめと終わりには、ブルース・スプリングスティーンズの「The River」と「Thunder Road」が流されました。
この2曲はロナルド・ゲーゲンフルトナーのお気に入りで、彼の個人的な思い出とつながっています。
スピーチとスピーチの間には、ドイツ国際平和村のイベント時に既に何度も出演している、デュッセルドルフ日本人女声合唱団が歌いました。
ドイツ国際平和村の子どもたちもゲーゲンフルトナーに最後の挨拶をし、式の最後に、平和の象徴である白い鳩をプリントした風船を空に向けて飛ばしました。

最新ニュース 2009年09月14日

ドルフフェスト(平和村祭り)が開催されました!

ドルフフェスト平和村祭り

今年のお祭りは、9月10日に亡くなったドイツ国際平和村代表ロナルド・ゲーゲンフルトナーを悼む中、開催されました。

このお祭りが中止されることを、彼は望んでいなかったでしょう。彼はドイツ国際平和村の活動が縮小することを望んでいません。ですから毎年恒例となった9月2週目の土曜日に開催されるこのドルフフェスト(平和村祭り)は予定通り行いました。

今年のお祭りは参加者にとってもドイツ国際平和村にとっても素晴らしいものとなり、大盛況を収めました。このドルフフェストを通じて、寄付金を集めることができ、登録ボランティアスタッフとの協力体制を築き、そして今後協力してくれるかもしれない支援者と知り合うことができました。

代表ロナルド・ゲーゲンフルトナーが約四半世紀、たゆみなく活動を続けたドイツ国際平和村の人道援助活動にとって、活動資金となる寄付金、協力体制、支援者の存在は大変重要な役割を果たしています。

最新ニュース 2009年09月11日

ドイツ国際平和村代表ロナルド・ゲーゲンフルトナーが永眠しました。

ロナルド・ゲーゲンフルトナー

ドイツ国際平和村のスタッフ、友人、現地パートナー団体は、代表ロナルド・ゲーゲンフルトナーを悼み、彼の冥福を祈ります。9月10日(木)夜遅く、58歳という若さで病気のため亡くなりました。ロナルド・ゲーゲンフルトナーは、ドイツ国際平和村の活動に38年間携わり、人道援助とドイツ国際平和村の活動の発展に大きく貢献しました。1971年から1972年にかけて、良心的兵役拒否者として平和村で活動しました。その後も、途切れることなく、危機的状況にある子どもたちのためのドイツ国際平和村の活動に関わり続けていました。そして、過去26年間ドイツ国際平和村の代表を務めました。

ロナルド・ゲーゲンフルトナーとともにドイツ国際平和村は、組織的なことや社会的なイメージだけでなく、その活動内容も変化させ、成長しました。ベトナムからの子どもたちのみを受け入れていた時代、この活動地域にのみ知られていたドイツ国際平和村は、ドイツとドイツ以外の国々でも知られるような団体になりました。また、ゲーゲンフルトナーが代表の間に、子どもたちの施設も新・改築されました。

ドイツ国際平和村の活動を代表してロナルド・ゲーゲンフルトナーは、1991年に連邦クロス勲章、1999年にグルジアのEduard Schewardnadseより名誉国民の称号を授与されました。

ロナルド・ゲーゲンフルトナーは最後まで活動に力を注ぎました。ドイツ国際平和村は、彼の意志を継ぎ、人道援助活動を継続していきます。この活動には、9月12日(土)恒例となったドルフ・フェストも含まれ、年内に予定されている援助飛行も全て行います。ロナルド・ゲーゲンフルトナーはそれ以外のことを願っていません。なぜなら、彼個人でなく、平和村の活動と目的が彼にとっていつも重要であったからです。

最新ニュース 2009年09月02日

平和へのチャリティウォーク

ドイツ平和村チャリティウォーク200909

9月1日の「反戦の日」を期に、ドイツ国際平和村の子どもたちとスタッフ合わせて約100人が「平和」を願うチャリティウォークを行いました。

火曜日の午後14時に、約10カ国から来ている様々な文化背景を持つドイツ国際平和村の子どもたちがスタッフに付き添われオーバーハウゼン市にあるドイツ国際平和村の施設を出発し、ディンスラーケン市の本部事務所を目指しました。
残念なことに出発直前に雨が降り始めましたが、小雨になりレインコートと傘を持って、興奮さめやらぬ様子で歩き始めました。
子どもたちは、自分たちで工作した平和のシンボルマークを掲げ、それぞれの国の言葉で歌を歌いながら歩きました。
援助飛行で現地から子どもたちに付き添ってきた、アルメニア、タジキスタン、ウズベキスタンの現地パートナー団体スタッフも一緒に歩き、歌いました。

最新ニュース 2009年08月28日

中央アジアとコーカサス地方の子どもたちへの援助

ドイツ国際平和村は、8月19日にアフガニスタンからの病気やケガを抱えた子どもたち92人を受け入れました。次は、ウズベキスタン、タジキスタン、グルジア、アルメニアから子どもたちが到着します。現地パートナー団体のスタッフに付き添われ、今回はじめて一般の路線便を利用して渡独します。いつもの援助飛行では、ドイツ国際平和村がチャーターした航空機を使って、アフガニスタンへの援助飛行の際に、中央アジアとコーカサス地方を中継するという形をとっていますが、今回はチャーター機代の高騰により、路線便を利用しました。

8月28日(金)、4人の子どもたちがアルメニアからドイツ・デュッセルドルフ空港へ到着しました。29日(土)には、タジキスタンからの16人とウズベキスタンからの13人がフランクフルト空港へ到着します。9月1日(火)には、グルジアから9人の子どもたちがフランクフルト空港に到着予定です。子どもたちは到着後、一旦オーバーハウゼン市の平和村の施設へ行き、今後順々に治療が行われます。

9月5日(土)には、治療の終わった子どもたちが現地パートナー団体のスタッフとともに帰国する予定です。

テレビ放送 2009年08月12日

ドイツ国際平和村の活動がテレビ放映されます(8月29日放映)

この度、ドイツ国際平和村の活動がテレビ放映されることになりましたので、お知らせさせていただきます。

「戦争は終わらない 〜ドイツ平和村の10年〜」
MBS・TBS系例放映予定!

放映日
2009年8月29日(土) 16:00〜17:00 MBS・TBS系放映

最新の平和村の映像を是非ご覧ください。

最新ニュース 2009年06月29日

平和村のお祭り「Peace im Pott 2009」開催!

ドイツ国際平和村のお祭り「Peace im Pott 2009」

毎年ドイツ国際平和村では、ドイツの学校の夏休みが始まる直前の週末に、「Peace im Pott」(平和村のお祭り)を開催しています。今年は6月26日(金)〜28日(日)にかけて開催しました。

お祭りは、26日(金)15時、ドイツ国際平和村本部にある倉庫での大売出しから始まりました。金曜日、土曜日の夕方からは、オーバーハウゼン市とディンスラーケン市にある別会場でバンド演奏が開催され、たくさんの来場者が楽しい時間を過ごしました。

28日(日)は平和村の子どもたちが生活する施設でさまざまなプログラムが開催され、平和村の子どもたちを含め、特に子どもたちがメインで楽しめるお祭りでした。盆踊り、子どもサーカス、ミュールハイム市からのTonartistenの皆さんによる歌のプログラムに加え、平和村の子どもたちもダンスと歌を発表しました。子どもたちに大人気だったのは、絶えず長い行列ができていたフェイス・ペインティングです。また、日本のアーティストによるブースもありました。そこでは、子どもたちは連鶴講師の佐藤真由美さんに折り紙を教えてもらったり、ポケモンアーティストの原田みどりさんに似顔絵を描いてもらったり、とても嬉しそうでした。

お越しくださった皆さん、ご協力くださった皆さんにこの場をお借りしてお礼申し上げます。このお祭りの収益は、ドイツ国際平和村の活動資金として活用されます。

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